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ロールス・ロイスの脱炭素戦略における水素活用

航空宇宙分野において、水素は間違いなく注目を集めるトピックになりました。これまでにもすでに水素への関心はありましたが、エアバスが2020年9月中旬に開催したウェビナーで3つの新しい水素活用のコンセプトを発表し、水素を動力とした世界初の民間航空機が同じ週に飛行したのを受け、さらに注目が集まりました。

そこでこれがロールス・ロイスにとって持つ意味、そして水素が当社の脱炭素戦略にどうかかわっているかを説明します。

ロールス・ロイスは航空業界だけではなく、多くのエネルギー業界の脱炭素化で重要な役割を担う立場にいます。民間航空分野では、当社が継続するサステイナビリティ戦略として水素の可能性や課題への理解を図っています。同戦略はガスタービンの改良、持続可能航空燃料(SAF)の推奨、革新的な推進テクノロジー開発牽引の3つの柱から成り立っています。

水素の利点を最大限活用するためには、新しいテクノロジーやインフラ開発が必要なため、水素は当初は3つ目の柱であるイノベーションの一部分にすぎません。また水素は、SAFのように当社最新世代のエンジンにそのまま使える単純なドロップイン型燃料ではありません。

現在、水素燃料による推進システムの課題を理解し、関連するテクノロジーのロードマップを作成する作業を進めており、業界と連携しながら水素の可能性を十分に模索している段階にあります。

水素は多くのエネルギーや発電分野における脱炭素化に適していますが、航空分野には独自の課題もあると認識しています。これは、燃料運搬に伴う重量やサイズの制約があること、また、航空業界の信頼性や安全基準が非常に高く設定されており、特に旅客機においては、かなり高度なエンジニアリング成熟度に係る課題を克服しなければならないためです。このような要件は実現不可能ではないものの、プロトタイプから製品化までどのくらい時間がかかるのか十分考慮に入れなければなりません。

タイミングとしては、水素燃料の小型航空機は2020年代終わりまでに、リージョナル航空機では2030~2035年に利用できるようになる可能性があります。

水素燃料の航空機に求められる、既存の航空エンジン設計変更の難しさ

ロールス・ロイスは、水素とケロシンの混合燃料で稼働するトレントエンジンの試験に成功しており、この分野でいくらか実績があります。しかし、水素に100%移行するには、既存のガスタービン設計を変える必要があります。

最も大きな課題は、火炎温度の管理と燃焼システムの安定です。加えて、特に液体水素における燃料運搬と管理システムの問題があります。そのため[水素への100%移行は]可能ではあるものの、既存のエンジンにおけるこれら要素を再設計することに注力するほか、ガスタービンを燃料タンクから排気までの一貫したシステムとみなし、より包括的で、全体的なシステムレベルを見たアプローチをとる必要があります。

この全体的アプローチの実現可能性は、エンジンの一部を電動化することでより一層高まります。そのため当社が取り組んでいる電動化やハイブリッド化、内臓モーターやスタータージェネレーター開発への取り組みはすべて、燃料電池を使用するものであれ、エンジン内で直接燃焼するものであれ、水素を動力とした将来の推進システム開発を支えています。

市場に投入できる製品を作るには当然、機体に大幅な設計変更を加える必要があります。水素の貯蔵要件を満たすため大型の機体になるほど、より大幅な設計変更が必要になります。1キロの水素はケロシンの3倍のエネルギーがある一方で、容量は5倍になります。

業界ではまた、水素の取り扱いと輸送に全く新しいインフラが必要です。液体水素はマイナス253度に保つ必要がありますが、今はそのためのインフラが存在していません。

将来の航空を持続可能なものとするため、水素は他の技術をどう補完していくのか

将来的には、超小型機の動力として電池が使われ、中小型機の動力として電池、ハイブリッド、全電動、水素が、そして大型機の動力には大幅に効率向上したガスタービンが使われる可能性が見えています。航空業界がより持続可能な未来へ移行するなか、複数のソリューションが組み合わせて使われるようになるでしょう。

今しばらくは現在の航空エンジン、あるいはそれに非常に類似した派生形のエンジンが必要とされるものの、SAFや水素燃料が使えるようになる可能性は十分にあります。ガスタービンは長期的には今後も進化を続け、このようなすべてのテクノロジーを組み合わせて、さらに優れた性能を持つはるかに効率的なシステムになるでしょう。ロールス・ロイスは、革新的なテクノロジーの融合で、より効率が高い機械と電気のハイブリッドシステムを生み出し、更にはそのシステムが水素燃料で稼働する可能性のビジョンを抱いています。

新型コロナウイルス終息後の世界ではサステイナビリティが優先され、航空だけではなく、そのほかの交通分野も含めた長期的な技術開発という、世界の脱炭素化に向けた幅広いロードマップのなかで水素の活用について理解しなければなりません。

パワーシステムズ事業ではすでにいくつかの水素プロジェクトに積極的にかかわっており、貴重な実績を積んでいます。ロールス・ロイスは、このほどダイムラーとボルボが設立したジョイントベンチャーとパートナーシップを締結し、彼らの水素燃料電池をデータセンターなどの安全性を非常に重視する施設向けのカーボンニュートラルな非常用発電の定置電源として使用します。これは、非常用発電機、あるいは最大負荷時の対応に使用しているディーゼルエンジンにとって代わる、排出のない電源となります。マイクログリッドのソリューションにも活用できます。

また小型モジュール原子炉プログラムでは、グリッドに直接供給する、あるいはグリーンな水素製造のための電気分解に使用する、ゼロカーボンの電力が作られます。水素はその後、エネルギー担体自体として、あるいはSAFに転換して使用できます。

水素を基盤とした経済には多くの魅力がある一方で、幅広い普及、大規模生産、インフラ投資、大量貯蔵、輸送、安全面への配慮など、実現には壁があります。

また規模拡大によりコストが下がるよう、いかに水素技術の需給を同時に生み出していくかという課題もあります。水素が持続可能なソリューションとなるには、水素製造のライフサイクル全体を見ていかなければなりません。いまのところ、真に「グリーンな」水素はほとんど製造されていません。ただし、ロールス・ロイスの小型モジュール原子炉を使ってゼロカーボンの水素を生産することが可能です。

世間は気候変動に対して長期的対策ではなく、今すぐの行動を求めています。航空機を再設計する必要がないSAFは、この要求にすぐに応えられるソリューションです。今後はどのように水素を導入し、SAFのような解決策を補完していけるか考える必要があります。また、人々や文化が世界中でつながる需要が戻れば、長距離飛行においてはSAFが今のところ、唯一の選択肢であることを認識する必要があります(消費燃料の65%が1,000カイリ以上の飛行で使われています)。

水素は大きな注目を集めているものの、水素燃料で飛ぶ航空機は特効薬ではありません。SAFや電動化、ハイブリッド、より効率の高いガスタービンなどのさまざまなソリューションの組み合わせが必要です。それが色々な用途に動力を提供し、お互いに補完しあうことで、航空業界は脱炭素の目標を達成することができるのです。